諸葛亮は諸葛瑾に、蜀とは敵対しないようにとの陸遜への伝言を託す。劉備は臨終の際に諸葛亮を呼び、蜀の今後と息子の劉禅を託しながら息を引き取るのだった。劉備の死を知った孫権は、関羽と張 […]
諸葛亮は、趙雲に劉備を救って白帝城へ向かうように、馬謖には魚腹浦で八卦の陣を布いて時間稼ぎするように、と命じる。諸葛亮の予想通り、陸遜の火攻めに遭って大敗した劉備は白帝城に逃げ込み […]
諸葛亮は馬謖に託して手紙を劉備に届けさせる。手紙には、兵法に通じている陸遜に対する注意が書かれていたが、進攻を続ける劉備の決意は変わらなかった。蜀軍では、水源が枯渇し、汚水を飲んで […]
富池口で呉軍は大敗し、老将程普も矢に当たって絶命する。一方、蜀の勝利の立役者、黄忠も帰らぬ人となり、劉備は呉の攻略を胸に誓い、呉の最後の砦である夷陵に迫る。孫権は陸遜を大都督に任命 […]
劉備に攻め込まれた孫権は、諸葛瑾の勧めもあり、曹丕に帰順する。曹丕もこの上奏を受け入れ、孫権を呉王に封じる。孫桓が夷陵に留まっていることを知った劉備は、関興に出陣を命じる。呉の援軍 […]
張飛を失った劉備は、霊前で呉を伐つことを誓い、70万の大軍を率いて出陣する。呉討伐に反対していた諸葛亮は徐々に発言力を失い始める。孫権は孫桓にシ帰を守らせ、膠着状態に持ち込もうとす […]
建安26年、劉備は旧蜀臣の李厳の助言を受けて皇帝に即位する。劉備はまず呉討伐の詔を発するが、趙雲と諸葛亮に止められる。呉討伐が見送られたことを知った張飛は激怒するが、劉備になだめら […]
司馬懿に迫られ、ついに漢献帝は曹丕に帝位を明け渡す。漢を滅ぼしてしまったことの責任を感じた漢献帝は、許都から去る際、自分の乗った船に穴を空けて沈没させるのだった。関羽に続いて、漢献 […]
司馬懿から帝位に就くための根回しについて説明を受けた曹丕は、喜んで同意する。司馬懿は司馬家の名が泥をかぶらぬよう、華キンに命じて漢献帝に禅譲を迫る。退位を迫られた漢献帝は取り乱し、 […]